月詠学院へ戻り、寮館に足を向けた途端支給物の携帯電話から着信音が流れてきた。
呉からの連絡用に使用しているそれから件の担当教員の声が聞こえてきて、至急BITルームに来るようにと指示を受ける。豊は多少訝しがりつつ、校舎内へと足先を変更させた。
扉を開いた途端、そこに集っていたメンバーの姿に豊は多少面食らってしまった。
呉と、ペンタファング、そしてなぜか森理事までが厳しい表情で立っている。
入り口でわずかに戸惑っていると、呉の声が豊に入室を促した。
「秋津豊君」
初めに口を開いたのは森理事だった。
壮年のこの男はなぜかいつも卑小な印象を漂わせている。豊というよりも、豊を通して見える天照館への嫌悪を常にむき出しにしていて、それが肌を通して伝わってくるからなんと無しに豊は森理事が苦手だった。
「神祇庁から来た派遣調査員と会って話をしてきたと報告を受けているが」
この短時間の間に一体どこからそんな情報が伝わったのだろう。
驚きながら頷くと、森理事は更に表情を歪めた。
「率直に聞こう、一体何の話をしたのかね」
「それは」
豊は喫茶店で交わした内容を簡潔に、包み隠さず全て報告した。
こちらに不利になるようなことは何も話していない。そもそも組織の秘密のようなものなど何一つ知らされてなどいないのだから答えようがない。
そういった心情も含めて、嘉瀬に対応した時とは違い全てありのままに話す。
呉は納得したような顔をしていたが、森理事は嫌疑の目を向けたままだった。
「なるほど、それではおかしな真似はしていないということだな」
何をどう「おかしな真似」と指しているのだろう。
豊は天照と月詠が相互に歩み寄るための交歓留学生としてここへ訪れた。その意識は常に頭のどこかにある。たとえ本来が天照館の生徒であったとしても、今は月詠に席を置く身なのだから、組織の一員として貢献するのは当然のことだろう。月詠を謀ったり、ましてや裏切るようなつもりは毛頭持ち合わせてなどいない。
けれど、それは自分ひとりの勝手な思い込みなのかもしれないと、豊は今更ながらに思い至っていた。
月詠はそういった目で自分を見ていないのかもしれない。
それは、森理事然り、呉然り、そして、ペンタファング然り。
豊はいつでも月詠の異分子だった。
それは、今でも。
自身が天照に帰りたいと願う気持ちと同じくらい、常に根底に根ざしているもの。
急に胸がズキリと痛んで、顔をしかめると勘違いしたらしい森理事がフンと鼻を鳴らした。
「まあいい、抜き打ち査察の対応という点では妥当だったか」
お前も、と森理事は顎で豊の方をしゃくる。
「要らん話をするなよ、下らんでっち上げでこうむった被害にかまけているほど、月詠は暇では無いのだからな」
痩せぎすの体を大仰にそらし、大股で、通り過ぎる瞬間ギロリとこちらを睨みつけて森理事はBITルームを出て行った。直後に呉がふうと溜息を漏らす。
「秋津君、査察に協力することは義務ではないのよ」
「はい、あのでも」
「君は余計な事を気にしなくていいの、それこそ分不相応な考え方だわ」
何か察したらしい呉に言い捨てられて、豊はしゅんとうな垂れた。
良かれと思って起こした結果が、こうも裏目に出てしまうとは。
(―――結局は)
結局は、相容れない存在なのだろうか。
天照と、月詠と。
ふと視線を感じて顔を上げると、薙と眼が合った。
金色の瞳は睨むようにこちらを見据えていた。そこに、豊の想いを汲み取ろうとする意思は無い。
益々辛くて顔を伏せた。
「さて、もうこんな時間ね、寮長には私から話してあります、各員早急に自室にて待機なさい」
「やれやれ、やっと終わりか」
「んもう、ゆんゆんがあの年増なんかに構うから、余計な時間食っちゃったじゃない」
「まったくだ、秋津、今後はこちらがこうむる被害も多少念頭に置いた行動を心得てくれ」
崇志、伊織、凛が、口々にそう言いながら横を通り過ぎていく。
ふと肩が触れて、見ると横に薙が立っていた。
「ひ」
呼びかけようとした途端、フイと視線を外されて、何も言わずに去っていく。
そのまま呆然と見送る豊に呉が声をかける。
「君も早く行きなさい、それとも、まだ何か申し立てることでもあるのかしら?」
豊はわずかに俯き、重い足でBITルームを後にした。
ここは、氷の城だ。
どれだけ陽の光が差し込もうとも、溶けることのない永久氷結の城。
そこに捕らわれて、どれだけもがいてみても、周囲の冷気が温もりを奪っていく。
豊を弁護してくれるものは誰もいなかった。
ただ虚しい静寂だけがあたりに満ちていた。